一つだけ強がりを言えるのなら

くもり。雨降らないか不安でした。こんばんは、芳根京子です。

成人の日なので俺も成人式エピソードを一発、と思ったが、特に何も思いつかない。ぜんぜん友達がいないので大きな盛り上がりもなく、飲み会こそしたものの書くべきイベントも発生しなかった(期待はめちゃくちゃしたのだが)。なんなら家に帰ってから、母親に「もう帰ってきたの?」と言われたくらいだ。

昨夜は成人式のことを思い出そうとしたのだが、上記の通りあまりに記憶が薄すぎて、つい20歳を通り過ぎ、もっと昔のことまで思い出してしまったようだ。この話は、社会人になってからの飲み会で時折話していたネタで、ツイキャス等でも話していたのでフォロワーの人には何度も聞いた話かもしれない。あまりに擦り過ぎてもう毛玉だらけになっているので、そろそろ成仏させようと思う。マジで成人の日と関係ないけど、荼毘に付すつもりで。

 

 

 

遡ること15年ほど前(すごい遡る!)、高校1年生だった俺には、マミ(仮名)という仲の良い女の子がいた。マミは家柄も良く、スポーツ万能で成績優秀、ピアノも弾けるスーパーウーマンだった。

出会ったのはいまから20年前、小学生の時だ。俺たちは共に水泳部に所属していたが、彼女は1軍のトップグループ、俺は2軍ぐらいの扱いだったのだ。丸顔で色白、目が細くてスタイルが良かった。家も近く、彼女の兄もまた俺の兄と同級生で、親同士も顔見知りくらいの関係だった。特に中学に進んでからはほとんど同じクラスだったので、授業中も休み時間も関係なく話をしていた。彼女は非常に優秀な人物だったが、不思議と友達は多くなかった。明るい性格なのだが、周りを引っ張るタイプではなく、大きな輪に入ると傍観者になるほうだった。マミと俺とは共通の趣味もなにもなかったのだが、同じく輪の中に入りきれない俺とはなにか波長が合っていたのかもしれない。

彼女との交流は学校のなかだけではない、夜にはメールもよくしていた。なんの話、ということはない。学校の話、他の生徒の話、彼女の水泳の話(俺は中学になって水泳をやめた)。中でも多かったのは、彼女の恋の話だ。あの男が気になる、こんなメールが来たからどう返そう、ぽぴーならこういう女の子どう思う?とか。思春期全開の彼女の青春に、彼女以外の女の子とはほとんど話したことがない俺は一生懸命寄り添おうとした。その成果か?よくわからないが、彼女は自分のことをよく話してくれた。やけに恋愛相談されるのは非モテあるあるなのかもしれない。中学2年ごろから、モテギ(実名)という男の話が増えてきた。モテギは他校の水泳部員で、国体強化選手に選ばれるくらいの実力の持ち主なのだが、脳ミソのほうはすっからかん、他校の女子生徒に声をかけては仲良くなることに長けた、"そういうやつ"だった。名前からして癪に触る、いわゆる"そんな感じ"である。(やや俺の妄想も入っている)。最初のほうは、「モテギと話せて嬉しかった」「こんどはいついつに会える」的な微笑ましい話が多かったが、だんだんと「こんなひどいことを言われた」といった愚痴が増えてきたかとおもうと「モテギが具合悪いみたい、心配」と思い悩んでみたり「具合悪いの全然大したことなかった、心配してくれるかと思って、とか言ってる」と呆れてみたりと、完全に振り回されていた。きっと彼女にとって、はじめての本気の恋だっただろう。ある日、彼女が急にシクシクと泣き出すことがあった。俺はモテギ絡みだとすぐにわかった。彼女の気持ちがぞんざいに扱われているのだと。

俺は心配していた。彼女に幸せな未来が訪れてほしいと思っていた。彼女には、彼女と同じだけ優秀な人間がそばにいてほしいと思っていた。当時俺はどんな生徒だったかといえば、スポーツは人並みか少しできるくらい、成績はそれなりに優秀なほうだった。そして、スポーツと勉強のどちらも俺よりできるというのは、高校に入るまではこの世でマミだけだった。俺が初めて出会った、自分はこいつに敵わないという感覚、畏敬、憧憬をもって彼女と接していた。ちょっと泳ぐのが早い程度のノータリンなど・・・いや、それでも彼女を大事にするのならいいが、しかしこれは・・・と思い、俺は彼女からモテギの話を聞くたびに「早く縁を切った方がいい」「たぶん幸せにならない」「お前のことを大事にしていないように見える」とアドバイス(だと信じていた)をしていた。こうしたマミの恋煩いについて、高校1年までの2年間、ほとんど毎日、同じようなやりとりが俺と彼女の間で繰り返された。

そして時間は冒頭に戻る。高校1年生。俺の高校は、新クラスがスタートしてすぐに運動会や学園祭を行う。5月ごろだったと思う。マミとは別のクラスだった。やはり学園祭の準備をしていた俺は、その日のやることが早く終わったので、17時前には家に着いていたと思う。マミからメールが届く。

『学園祭の準備してるけど、なんかつまんない。まだ校内にいるなら話さない?』

俺の返信はこうだ。

『家に着いたけどまだ着替えてないからすぐいくよ!』

この返信は嘘だった。俺は既に部屋着になっていたのだが、もう一度、学ランを着た。マミがつまらない時間を俺と過ごすことで解消しようとしている、俺を求めている!そのエネルギーが俺の体を巡る。高校までは自転車で15〜20分くらいかかるが、この時は10分で着いたと思う。彼女に求められていることが俺に力を与えた。この時、俺は学ランの下にプーマのジャージを着ていた。気に入っていたジャージだった。校則違反なので普通はしないのだが、既に放課後であること、マミと二人で話せることに浮かれた俺は、ちょっと違う服装をすることでかっこつけていたのだ。跳ねるように彼女のいる教室へ入る。

俺「マミ、おつかれ」

マ「ほんとにきたんだ!ごめんねなんか呼び出したみたいで」

俺「いやぜんぜん!暇だったし(?)」

マ「そっかー。なんかねー、ふふwなんかー、ぽぴーに話そうと思ってることがあってー」

俺「うん!なになに〜」

マ「あのね〜、

そのすぐ後に俺は、血が凍りつく音を聞いた。あらゆる活動が止まり、色を失い、力を失い、全てが冷たさの中に閉じこもる世界の静寂の音を聞いた。彼女がモテギとセックスをしたこと、それは彼女にとって初めてのことで、中に出されたので妊娠しないかちょっと心配だけどまぁ大丈夫らしいこと、その音は、そんなふうだった。その時になってようやく俺は、本当にようやく、自分の初恋に気づいた。あの畏敬も憧れも心配も、ぜんぶ彼女が好きだったからで、誰か優秀な人がそばにいてほしいのではなく、俺自身がそばにいたかったのだと気付いた。しかもそれは、ほとんど殺意に近い劣情と共に気付いた。モテギにではなく、いま目の前にいる、小さなこの女子高生に対する殺意だ。彼女が着ているプレイボーイの白いニットベストを今すぐ引き裂き、瑞々しい身体を犯し、首を絞め、永遠に誰のものにもならないようにしたいと思った。この時に俺が回顧していたのは、中学からの2年間だ。先日のプレゼントの記事(https://poppo.hatenadiary.jp/entry/2022/01/03/212901)で書いたような逆恨みが、まさにここで起こったのだ。(お前を想っていたのに、お前のことだけを考えていたのに)と。もちろん、この件についてマミにはなんの非もない。俺と彼女は交際関係にはなかったし、彼女は彼女の自由恋愛を楽しんでいるだけだ。俺だって、よく考えたら競泳水着もののアダルトビデオめちゃくちゃ見てたし、さっさと気付くべきだったのだ。しかしもう何もかも遅い。世界は凍ってしまった。俺があまりに狼狽し、動揺するものだから、彼女はいよいよ悟った。"そう"だったのかと。彼女は笑っていた。気付かなかった、そんな、まさか!えー!うそー!えー、あたしは、えー!、、、目の前で発せられているのに、あまりに遠く聞こえる彼女の声。フラフラと教室を出る。帰れない。さっきまで体中に満ちていたエネルギーは全て枯れていた。しばらく階段に座っていたが、再度マミのいる教室に戻ったとき、もう彼女の顔を見られなかった。彼女はそこにいたが、顔を見ると体が硬直し、意識がとびそうになる。これはもうダメだ、とおもい家に戻った。その後、1ヶ月くらいは彼女の顔を見られなかったのだが、このままでは本当に縁が切れると思い、メールから関係の修復を試みた。彼女は快くこれを受け入れてくれて、「悪いことをしちゃったね、ごめんね」と言ってくれた。結局、モテギは(俺が知る限りは)マミに対して筋を通すことはなかった。マミは「付き合ったり別れたりしている」と言っていたが、モテギ側はたぶん、いわゆるセフレ的な位置付けとしか思ってなかったろうし、マミ自身も「まぁ他にも女はいるみたいだしね・・・」とぼやいていた。分かっていたのだ、はじめから。彼女から報告を受けた時も、そうだと思った。お互い愛し合っていたわけではない、片手間に処女を散らされたのだと確信した。そして彼女がそれを受け入れてるのであろうことも、わかってしまった。なにせ2年間追いかけてきた関係だ。5年間話してきた女の子だ。31歳になろうとしている今となっては、性愛が持つこのどうしようもない不均衡も見飽きた感があるが、当時15歳の少年にとって、しかも自分の実存を賭けて好きでいた女の子のそれは、あまりにも受け入れがたかった。

メールを出したその後、空元気をだしてふつうに接していた気もするが、高校2年以降になるとマミと接することはほとんどなくなった。ふつうに話せるようになったなと思ったら、モテギと野外セックスを敢行したことを報告されて、いよいよ彼女と接することの辛さに耐えられなくなったこと、別件の人間関係のトラブルから完全に女性に対して心を塞いだことなどが原因だ。

高校卒業後、彼女がどういう進路をとったのかよくわからない。二十歳くらいの時にいちどだけ会った気がするが、なにを話したかも覚えていないし、もはや彼女が今どこで何をしているかわからない。たぶんモテギと添い遂げることはなかったんだろうが、彼との時間は、彼女の中で輝く宝石のような思い出なんだろうと思う。マミは彼のおかげで他者を知り、恋を知り、性を知り、大人になったんだろう。彼女にとってモテギは忘れられない存在になった。果たして俺はどうだったろう。彼女にとっては懐かしい友人のひとり、遠くにある数多の思い出のひとつなんだろう。でも俺は、15年前のことなのに今でも昨日のように思い出せるし、こうして詳細に文章にすることができるだけ心に刻まれている。俺はこの件のあと数年間にわたり、大好きだった水着もののアダルトビデオが受け付けなくなり、NTR属性もNGになった。ちなみに、この件をNTRとは定義し難い。そもそもマミは俺の彼女ではないからだ。しかし最近では、こうした情けない弱虫のための新ジャンルが生まれており、BSSと呼ばれている。B(僕の方が)S(先に)S(好きだったのに)である。 

 

当時15歳かそこらの俺はまだ知らないことだが、恐ろしいことに、この後も要所々々で同じような経験をする。大学3年のとき、23歳の時、25,6歳の時、27歳の時。マミとの関係において、俺はなにも学んでいなかったのだ。他人に気持ちを伝えることの大切さと、それをしないことで訪れる絶望とを。

マミは、俺がこれまで、好きな女の子に幾度となく言われてきた「友達だと思ってた」を最初に言った女であり、俺が最初に出会った、"自分を愛さない男に振り回されることを悦びとする女"でもあり、この先10年以上にわたり、非モテ精神が根付いてしまって心がねじれていく契機の一つであり、俺の人生の痛烈な失敗の象徴である。しばらく記憶の奥に眠っていたが、今朝は急に表層に出てきて、なんだか無性に気分が悪くなった。ここに書き記しておくことで、あの時の俺を弔う墓碑としたい。

読んでくれてありがとうアロエリーナ。