『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

晴れ。まだ花粉あります。こんばんは、kiss of lifeナッティーです。

ベッドを新調した。マットレスではなくベッドフレームを。これまで使っていたのは、一人暮らしを始めた18歳の時に買った無印のもの。その当時から30kg増量した俺に耐えられず?すでに15年使ったし?寝返りのたびにギシギシと音を立てて安眠を妨げていたので新調。今回はニトリで買った。ベッド下に収納があるタイプで、部屋も大いに片付いた。でかい家具を買い替えると生活がリフレッシュされる感覚があり大変よい。

 

ところで、『プロジェクトヘイルメアリー』を観た。最近ネットで話題のSF小説の実写映画化で、原作は未読、ストーリーもよく知らない状態で鑑賞、かなりフレッシュな体験になった。

※以下、感想になるがネタバレ配慮なし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主人公ライアン・ゴズリングが昏睡状態から目を覚ますが、自分が誰でどこにいるかを覚えていない。船内を探検することでここが宇宙船であり、自分がグレース博士であったことを思い出す、という導入部分。俺は「長く眠りすぎて記憶が混濁してるのか」と最後まで思っていたのだが、鑑賞後に原作ネタバレをみていたら、政府に無理やり船に乗せられたことを忘れさせるために薬を打たれていたらしいことを知った。ええ!そうなんだ。その割にシャキシャキ思い出してたな!そもそもこの記憶喪失というネタ自体が、映画の中では活きてないような?記憶を思い出すきっかけが宇宙の中で出てくるわけでもないし、肝心の記憶の中に、主人公の重要な使命のようなものが隠されているわけでもなく。無理やり乗せられたの!?特に命かかるつもりもなかったのに!?かわいそう〜〜〜!ってめっちゃ思った。オモコロウォッチを聞いてたら「前半の記憶を辿るところがかなり駆け足だった」と話していた。確かに、早くロッキーに出会わせて、早くバディ・アドベンチャーをやらせないと!的な作り方になっていたかと思うが、恐らく原作では、この記憶喪失から自分が何者かを探るフェーズ自体が作品の美味しいところになっており、宇宙での冒険の壮大さへ続いていくダイナミズムみたいなものがあるのかな?と想像している。

この記憶喪失の"効き"と関係があるのかないのかわからないが、ゴズリングの気持ちに入り込みきれないところがあった。「なぜか宇宙船に入れられており、どうやら使命を負っているっぽい、なのに地球に帰ることはできなそうで、このまま死ぬらしいっす。でも見知らぬ宇宙人も故郷を失おうとしてるんで、おれやるっす!」という流れ、あんまりゴズリングのことがわかんなくて、どこで使命感が芽生えたのか?なんでそんなに絆に依存してるのか?独り身だから?実は孤独を抱えており、紐帯に飢えていたのか?確かに自説を否定されて学会を追われたって言ってたけど、それは科学に対するスタンスを示すエピだと思って見てたなあ。というので、そこが踏み込みきれなかった点。

残りは全部いいです。最高。テンポ、宇宙船のデザイン、未知の星のグラフィック、ファッション、ロッキーのキュートさ、音楽、困難、達成、ファッション、音楽、ファッション!音楽!「主人公が人類を守るために困難に立ち向かい、途中で出会う仲間と共に目的を達成する」という、人類史において愛され続け、繰り返し表現してきたフォーマットのレベル100みたいなやつを摂取できた。ロッキーの可愛さと音楽にモノを言わせて泣かせるぞ!という"くすぐり"的なシーンもいくつかあり、くすぐられてるなーと分かっているのだが、すっかりゴズリングとロッキーが好きになっているからめちゃくちゃ泣いてしまう。友情と献身、エンターテイメントのぜんぶ、オリンパス。結局、ゴズリングは地球に帰ることよりも、死を賭してロッキーを助けることを選ぶわけだが、ここにきてヤン船長の言葉が聞いてくる。ゴズリングがヤン船長に「あなたは勇敢だ」と言うと、ヤン船長は「大切な人がいれば勇敢になれる」的なことを言っていた。ちゃんとセリフを覚えていないくらいサラッと出てきた言葉で、このセリフが以降顧みられることもないのだが、終盤ではまさにゴズリングはヤン船長の言葉を体現したわけだ。やはり絆、他者との絆、、、!なんと美しい!エンドロールも、真っ暗バックの白文字オーケストラの退屈なやつじゃないのもよかった。ヘイルメアリー号のTシャツのXLください。

当ブログではなるべく熟語で書いてまいります

晴れ。花粉、きました。助けてください。こんばんは、中島セナです。

転職してから日記の更新頻度がぐっと落ちており、これは、新しい環境で働くことに脳のリソースがとられているから、転職によりストレスが減ったから、という2つの理由によると思っていた。そしてその2つともそうなのだと思うが、チャット文化盛んな企業で仕事をしていると「考えていることを文章として出力する」ということをめちゃくちゃしているので、出力の欲求みたいなものが満たされているのかもしれないと思うようになった。部署間に課せられているものの違いから議論が白熱することがしばしばあるのだが、それをしている時は、ウンザリ:ワクワクが3:7くらいになっていることに気付いた。若い頃は、出力したいものがたくさんあり、とにかくそれを発散させたかった。だが年齢を重ね、幾分か清濁合わせ飲むことも覚えてきた。情熱も薄れ、特に発散したい内容もなくなってきたいま、文章の出力は手段ではなく目的になりつつあるようだ。あるいは、このブログも最近では仕事の話ばかりしているから、出力したい内容もその手段も職場で完結してしまっているのかもしれない。

さて、いまの会社はIT系でグローバルかぶれのため、横文字が非常に多い。

「AOVのアップリフトについてはポジティブです」

「このモメンタムを維持したいですね」

「トラフィックをトランザクションに転換させたい」

「ユーザーのビヘイビアによってコミュニケーションを変えていく」

上記は俺が実際に聞いた会話であるが、古のネットミームである「パルスのファルシのルシがコクーンでパージ」を想起するような横文字の連続。そしてこれらの横文字の多くは日本語で十分に表現可能である。事業部に英語話者なんかいないのに、コストのかかる会話をしやがって、、と思っていたのだが、だんだんとその有用性も認識するようになってきた。横文字化することでその概念や行動や営為は名詞化される。定義が固まるので、認識の齟齬が防げて、円滑なコミュニケーションができる(語彙を覚えるという苦労はあるのだが)。また、誰の持ち物でもなくなり、抽象度があがることで、個人の"責任感"とか"人格"みたいなところに帰責することなく、構造での解決が促せるようになるなあと感じる。後者はもしかしたら横文字化の効用というよりは企業のコンプラ意識がそうさせている気もする。

俺はかねてより、こうした“意識高い系サラリーマン"みたいな存在には愛憎入り混じる感情を持っており、転職したからにはやってやろうと思い、伸びる素材のセットアップに無地Tで激イキリかまして見たりしていたが、最近は飽きてスウェットにジーパンで出勤している。横文字はむしろ、最初はすごい抵抗があったが最近はあまり気にならなくなってきた(ちょっと気になる)。郷に入っては郷に従え、朱に交われば赤くなる、麻中のヨモギという言葉もあるし、今後も私の活躍に目が離せませんね。

過ぎた年きた年

晴れ。こんばんは、鎮西寿々歌です。あけおめです。年内更新できませんでした。

2025年は人生初の転職をし、転機の年となった。何月に何をしたとかはあんまり覚えていないタチなのだが、上半期はとにかく前職への不満と怒りを募らせており、下半期でそれが爆発、転職へ至ったというざっくりとした記憶だ。当ブログを自ら見返したわけではないが、仕事に関する記事が多かったのではないかと思う。いまさら、それらの不満を総ざらいしようとは思わない(それだけ今は解き放たれているということである)が、2025年はいち労働者として仕事をすることに向き合った1年だったし、少なからず人生を好転させたと思う。年齢的にもギリギリで、もっと早く行動するべきだったと思っているが、俺が使い物になる人材に育ったのがここ1,2年という感じもあるので、5年前だったら転職してももっと希望順位の低いところに入ったような気もする。転職してからは、同じ小売だろ、とナメていたが想像以上に環境がちがい、相当な苦戦を強いられた。だが、周囲の社員が極めて優秀で丁寧な引き継ぎをいただき、システムががっちり固まっていることもあり、入社から3ヶ月経ったいまでは、上長からも「堂々とやっており不安はない。こちらからの要望もない。がんばれ」とだけ言われている状態だ。これは(謙遜することなくマジで言うが)、会社が変わることで事業の仕組みやツールの理解が追いつかなくても、"仕事"のフレームワークが身についているからだと思う。枝葉が寂しくても幹がきちんとしていればなんとかなる、上長もそう感じたから俺を入社させたのだと思うし、前職でムカつきながら過ごした10余年も報われたというものである。

今年の課題としては、本当にやるやると言い続けてやってこなかった、ダイエットと貯蓄。これです。貯蓄については月10万円を積立NISAに突っ込んでいるが、逆に言うとそれしかない。ダイエットについての現状は言うまでもないのだが、階段上がるのでも息が切れ、風呂に入ると心臓が悲鳴をあげてしばらく呼吸が荒くなる。なんとかしないとならない。というか、ダイエットと貯蓄は同じ方法で達成することができる。即ち、「休みの日はジムでしっかり運動し、終わったら会社から言われている勉強をやる」これでいい。食事をなんとかする必要もあるの(と言うかそっちが本命)だが、それはそれとして(だめそう)、この休日ルーティンをしっかりやることで、余計な出費は抑えられ、体力もついてくるというものだ。俺は自己肯定感は低いがプライドは高い最悪スピリットの持ち主だが、やるべき時には勝手に体が動き、やるべきことを成すはずと信じている。大学受験の時も転職の時も、「ここから先は下手こくと人生がまずくなる」という際にはちゃんと動けた。問題はそのタイミング察知が適切かというところと、その前から計画的にやってくれというところなのだが、今年こそそのレーダーが働くことを祈りつつ。

思考回路はショート寸前

晴れ。秋なく冬。こんばんは、堀みなみです。

月一更新になってしまっており大変面目ない。ギリギリ11月に間に合った。更新頻度が落ちているのは転職してからで、明らかに脳の余力がない。特に月初は大変で、月末になるにつれ余力が出てきて、ようやく日記を書けるようになってくる。

今月は会社の飲み会があった。転職して3ヶ月が経とうとしているなか、初めて職場の人と飲みに行った。チャット文化が強すぎて対面コミュニケーションの希薄な会社で、社員同士の自己開示も少ないように見えていたから、飲み会がないのも驚かなかったが、俺がほうぼうで「マジでドライすわ」と愚痴ったこともあってかなくてか、「流石にやるか」みたいなムードが発生しての飲み会実施とあいなった。結論、意外と楽しくて驚いた。みんなドライなわけじゃないんじゃん、やったら楽しいんじゃん!そんな喜びがあった。あとはみんな頭が良くて語彙力があるから、前職の荒くれた飲み会(そんな風だったのだ)とは違う良さがある。メンバー面々、実は結婚してたとか、社内に彼女がいるとか、平均年齢高めなのに恋バナばかりしてて面白かった。聞くと、チーム内と言うよりは仲良い社員メンバーみたいなのがいくつかあり、そこではよく遊んでいるとのこと。弊チームは古参ほどそういうのに消極的で、課の忘年会にも不参加でシケてる!と思ったけど大人数が苦手なだけ(たぶんあんま仲良い社員もいない)で、カジュアルなコミュニケーションが嫌いなわけではないというのがわかった。俺は割と飲みニケーション賛成派で、特に弊社のような、アウトルックとチャットに支配されている会社ほどやったほうがいい。意外と若者だから飲み会嫌いということでもないらしいこともわかってきたし。まずは一緒に働く人たちのことが好きじゃないとな。1週間のうち家族と同じくらい一緒にいる人たちだし、その人たちが嫌いだとしんどいので。

あとはー、今月は、どうだろう。10月の課内MVP的なものに選ばれて、それの表彰みたいなのがあった。とはいえ、150人くらいの課に毎月3〜4人選ばれるもので、働きぶり、振る舞い的なところにフォーカスされる(数字に依存しない評価軸をつくることでモチベアップの意図があると思われる)もので、賞状も景品もないが、いまの自分がある程度は肯定的に受け止められていること、きちんと見てもらえていることがありがたかった。課の中には俺が仕事わからなすぎてたくさんのイレギュラーを強いてきた人たちもいるので内心グツってるかもしれないが。

こうした、積極的な社内表彰もそうなのだが、チャットでも謝意や労いを積極的にやる文化があり、だんだん馴染んできた。いや、頼む時にはお願いします、やってもらったらありがとうなのは当たり前なのだが、対面での挨拶を全然しない(出社してきてもおはようとか言わない)会社なので、チャットでの挨拶も社交辞令的にやっているにすぎないと冷笑していた。だが、毎日大量の「お願いします」と「ありがとう」を交換し続けていると、だんだんと「自分の仕事はだれかの役にたっている」「無駄なことをしているわけではない」という思いが芽生えてくる。前職では、残業して作った資料を「やっぱいらない」とか「全然意味ない」とか唾棄されることも少なくなくて、『会社とはそういうもの、作ることが俺の仕事』と思ってやってきたのだが、どうやらそんなことでもなさそうでありがたい限り。そんなわけで、転職はおおむね成功している。会社から課せられている試験勉強があるのだが、それだけが目の上のたんこぶである、、、

so Sally can wait

雨。ずっと雨が続く。こんばんは、鎮西寿々歌です。

お久しブリーフになってしまった。転職してから、毎日脳が焼き切れるような仕事終わりであり、こういった記事を書く余力なく過ごしている。しかし、やれている・・・やれている、という感覚はある。丁寧に引き継ぎをしていただいた前任者に深い感謝をしつつ、自分が10余年の社会人生活で培った力というか、地肩みたいなものも感じている。前職と違い、周囲の社員が非常に優秀なため、俺ってシゴデキやん!などとは思えず、本来求められているフェーズには届いていないが、今のところは確かにできている。取引先や他部署からひっきりなしに飛んでくる与件を打ち返し、分からないところを分かる人に聞きに行き、見たことない資料をルービックキューブのようにあれこれ眺めたりしてると夜になっている。入社して1ヶ月、定時で帰れたのは最初の3日間くらいしかないが、それでも、やれている・・・!分からないことは多いが、それもいずれ分かるだろうという思いもある。こんなに労働嫌いな人間なのに、続けていればそれなりのモノになるモノだと思う。

ふと振り向くと34年も人生を過ごしている。10年前だって24歳。24歳!ついこないだじゃん!やば!そして思う、この10年で俺は何かをなしたのか?何でもいい、この10年、その半分でも何かに費やせば、それはきっとそれなりの高みになっていたと思う。英会話とか、楽器とか、筋トレとか、ランニングとか、なんでもいいが、仕事ではない何かをきっと成せたはず、そういう時間だったはずだ。その代わりに俺が生み出したのは、このブログと大量のツイート、鼻水、脂肪。スキルも資格も何もない。情けなくなる、受験勉強はあんなに頑張ったじゃない!あの頃のモチベで過ごせば何でも成せたような気がするが、大学時代に「もうなあなあで生きていくか・・・」という感じにマインドが変わってしまったのが転機のようにも感じる。だいたい、こういうふうな振り返りをすると、「気持ちを入れ替えて頑張ろうと思う」と結びそうなものだが、実際、現職から求められている勉強もあまりしてないし、ジムにも週一くらいでしかいけてない。本当に情けない。こういう怠惰を押しのけて自分を高められるかが社会的な成功や自己研鑽の到達地点の差になるわけだが、そういった目的地にも興味がない。

現弊社社長は、「ビジネスでも何でも、ゲームだと思え。どうやって目的を達成しようか?と楽しんでやるんだ」と話していたが、まさに今話題のワークライフバランスと相反する話だ。ワークとライフを分けている限りは幸せになれないかもしれない、というのは何度かこの記事でも書いているところで、ワークが苦しいものであり続ける限り、日数が少ないライフ部分では賄いきれない。ワークがライフにならないと、束の間の息継ぎを待望する水中人生を過ごすことになる。そういった前提から踏み出した転職ではあったのだ。第一志望の企業に落ちたことが一番大きいが、現職について楽しいかと聞かれると答えに窮する。しかし、環境がずいぶんマシなのでかなりやれている。続けられるかもという思いがある。情けない性分を正すことはできなそうなんだけど、情けないなりにはやれそうです。

転職してみて

晴れ。秋の風、少しの夜の夏。こんばんは、cocomiです。お久しブリーフ。

転職して4週間ほど経過した。本当に外国に来た気分だ。使うツール、言葉、考え方。同じ小売業に転職したつもりなのに、すこしズレるとここまで違うかという感じだ。前職は昭和の会社、資料は全て印刷し、蛍光マーカーと赤ペン片手に分析をする。使うツールといえばエクセルのマクロが最もハイテクで、取引先とはメールと電話のみでやり取り、会議は気分で始まり気分で終わる。人がいないから1人であれもこれもやらないとならない、そのくせ残業にらやたらうるさい、そういうところだった。転職先はIT寄りなので、teamsやらzoomやらは当たり前に使う。outlookがメール以外の機能を持っていることも初めて知った。マニュアルもめちゃくちゃあるし、聞いたこともないwebサービス(サービスなのかシステムなのかもよくわからないが)もたくさん使う。やりとりは95%チャット、部署間の依頼もteamsで一撃、作業も分業されてるから、取引先からきたものを担当のところへちぎっては投げちぎっては投げ!依頼した先の部署の作業も定型フォーマットを呑みこませればすぐできる(っぽい)。すごい!人が多いことやシステム導入については企業規模の差によるところが大きい。この時点で転職してよかった。大企業はどういう景色で仕事をしているのか知れてよかった。

チャット文化、outlookによるスケジュール管理が徹底されているからか、社員間の人間関係はドライに感じる。前職では好きな時に好きな人と好きなおしゃべりをしていたものだが、いまは仕事の話だけをして1日が終わる。もちろん、俺が入社したてで、割と年齢もいっているから気を遣ってもらっているのはあるが、それを差し引いてもドライだと思う。でもなんか、話を聞いてみると女の子たちでディズニーいったりすることもあるらしいから、どこで交友を深めてるんだ、、、?と思ったりもする(一説には、チャットで誰とでも話せるから、チャットでプライベートなことも話すんだとか。メル友じゃん!)。ドライな人間関係(にみえる風土)と地続きになっているのだと思うが、かなり個人主義的なムードを感じる。リモートワークも前日に言えばいいし、有給もメール一発で取得、なにより、会議や商談が長引かない!みんながみんな、お互いのスケジュールを尊重しているから、1時間と決めたら1時間で終わる。素晴らしい。前の会社は45分と決めたミーティングを3時間くらいやっていた。こんな世界がちゃんとあってよかった。残業も少ない。無いわけではないが、前職の60〜70%くらいの感じ。

あとは、これは今だけだが、下っ端であんまり責任もないから、思う存分インプットできる楽しさもある。好きなだけ手を動かして仕事を覚えている。取引先との商談にも参加させてもらっており、取引先のみなさんも非常に優秀で、前向きな姿勢が見られる。うーん、いい感じです。ただ、効率的、積極的に仕事が進む反面、その密度が相当なものになっており、頭の回転が速い!と褒められて育った俺もPCの前で固まることもしばしばである。あと1ヶ月くらいで、ルーティン的な業務は覚えられそうな気がするから、もう少し仕事の深度が変わってきたらみんなにも新しいlearningをshareさせてもらいますね。

節目と未来

晴れ。暑すぎるけど、和らぎも感じる。こんにちわ、百瀬まりなです。

8月末日をもって、新卒から12年勤めた会社を退職した。俺の人生の中で特筆すべき出来事のひとつだと思う。これまで、自分の意思で選んできたことはあまりない。サッカーや水泳をやったのも親がやれといったからだし、田舎だから高校もなんとなく決められた。上京を伴う大学進学は自分で決めたことの一つで、英断だったと今でも思う。就職はかなりなんとなく決め、全然知らない会社に拾ってもらった。最後の最後まで会社を愛することはなかったが、世間知らずでロクに働いたこともなかった俺をよく鍛えてくれたと思う。だが、事業の先行きが見えないこと、社内の文化や上層部への不信から辞めることにした。会社としては俺を昇格させたいタイミングだったようで残念がってはもらったが、昇格するとますます辞めにくくなるので退散させてもらった。本来、俺は環境が変わることに非常にデリケートなタチなのだけど、それを差し引いてなお耐え難い現状であった。

辞めるにあたり、社内からも取引先からもたくさんの挨拶をいただいた。しかし、どうも、俺はこうした"節目"が苦手なようだ。年末も苦手で、誕生日やいろんな記念日もあまり気にならない。節目の後にも人生は続くのだし、日常は変わらないのだから、、、逆張りをしているのがかっこいいと思っているだけ、という説もある。特に退職とか異動みたいな"別れ"はなるべくサラッと行いたい。なんか、あまりに気合いれて「「ありがとうさよなら〜〜!」」みたいなのは今生の別れみたいで大袈裟に感じる。会社が変わるくらいで会わなくなるならそれまでの縁なのだからそんな一生懸命挨拶しなくても、と思うし、場所は違えどこれかも会うなら尚更、強く別れる必要はない。引っ越しちゃうとか海外にいっちゃうとかなら分かるけど、そうでもないし、、、。取引先の場合は確かに関わりがなくなるけど、そもそもビジネス上の関係だしな、、と思ったり。俺自身、退職そのものは(こうして記事を書いておいてなんだが)あんまり意識はしてなくて、むしろ新しく入社する会社での日々をいつも考えて、不安で満ち満ちていた(ちなみにすでに入社して働いている)。ただこれは、過去の別れの節目の経験もあるかもしれない。俺は何かを辞めるのはこれが初めてのことだから、学校の卒業式なんかがそれにあたるが、どれも極めてドライに行ってきた。それは単に俺に友達が少なく、別れを惜しむ仲間がいなかったからに過ぎない。別れのみならず、節目を楽しむ経験が少なかったから、節目を文化的に読み換えることを怠ってきたような気もする。これは想像だが、今ほど技術が発達していなかった時代、節目を迎えることは難しいもので、だから祝われていたのではないだろうか。作物がうまく獲れなかったり、疫病で早く死んでしまったり。それが、節目=祝うものという文化だけが残り、現代に至っている。実質的には大きなことではないもの、即物的な機序に過ぎないものに意味を与えるというのが文化的に読み替えるということで、生活を豊かにするものである。だから、別に、みんなが節目に声をかけてくれるのはありがたさを感じ、、る、、、が、、、節目を超えた繋がりの尊さもまた、、、ある、、、