ファッキン・ヒュージ・エモーション

すっきりしない晴れ。夜には雨が降ってきた。あつい。こんばんは、田中芽衣です。

 

バブルに登録した。バブル(bubble)というのは、韓国の一大芸能事務所のJYPエンターテイメントが配信する、同事務所所属のアーティストたちとのコミュニケーションアプリである。いわゆる公式LINEみたいなもので、推しのアーティストを選ぶと個別のトークルームが設置、アーティストからのメッセージが飛んでくる。内容は他愛のない挨拶やこれからのスケジュール、短い動画など。もちろんこちらからもメッセージを飛ばすことができる。アーティスト側からの発信は基本的に一斉送信なようだが、時たま個別のメッセージ返信などもやっているようだ。

恐ろしいのは、これが有料ということだ。月額450円かかる。さらに恐ろしいことに、この月額料金はアプリ登録料金ではなく、トークルームの設置(=メッセージの送受信)を始めるための料金ということだ。トークルームは、グループではなく、あくまで個人ごとに設定されているから、つまりあなたがtwiceのフアンで、ジヒョちゃんとチェヨンちゃんの2人のメッセージを受け取りたいと思ったら、月額450円×2が必要になる。ニンテンドーオンラインの個人プランが月額300円ちょっとなので、jypアーティストの公式LINEは、ニンテンドーのオンライン機能とそこに付随する膨大な量のゲームアーカイブよりも高価ということになる。即ちおれは、既に推しのメンバーたるキム・ダヒョンに450円を支払っていることを意味している。サブスク群雄割拠の時代、なんでも試してみるのは大事である。それに俺はまだ、twiceに1円も金を落としていないのである。

さて、このサービスの最も魅力的なところは、やはりアーティストにダイレクトにメッセージを届けられること、さらには直接チャットができることにある。少し調べてみると、サナちゃんから返信きました!!と狂喜乱舞するツイート等も散見される。日本国内のアーティストとでさえ、直接コミュニケーションが、しかもインスタントにとれるツールというのはほとんどないのに、世界をまたにかけるアーティストとのそれだからみんな躍起になるのも仕方ない。my sweety dahhyunは、今日はニューヨークへ移動するとのことだった。プロモーションだろうか、忙しい限りである。俺は彼女へどんなメッセージを送ったのか?といえば、実はまだメッセージは送っていない。よりプライベートな情報受信ツールとして、あるいは少額ながら応援の気持ちを表明できれば、という動機で登録したからだ。しかし、公式LINEというのはいざ登録してみると、普段のラインと似たそのフォーマットのせいで、うっかり自分と2人の空間なのだと錯覚してしまう。即ち、こちらのメッセージがきちんと届き、コミュニケーションが可能だと信じてしまう。

ここで、俺は立ち止まる。待てよ、「そんなわけがない」。世界中にフアンがいて、インスタのフォロワー数は600万人を超えている彼女に、直接届くなんて?仮にそうだとして、日に何件のメッセージが届くだろうか?返信されるかどうか、儚い祈りと等閑視が半々で支えるメッセージがどれだけあるか、その膨大さで埋められる受信ボックスを想像するだけで目眩がする。多忙な彼女自身がそれをまともに処理するわけがない。疑う。処理をする人間がいる、と。彼女自身が、何百、何万と届くメッセージをひとつひとつ開けなくてもいいようにする人間もしくはシステムが存在するはずだ、と。そして立ち止まる。俺の儚い祈りもまた、その膨大という膨大な中に飲み込まれ、排水口のそれのように渦巻いて消えてゆく、と。だからメッセージは送らないでいる。わかっている。初めからそんなことは想定されているのだから、安心して向こうのサービスに乗ってメッセージを送ればいいのだと。それこそ、星の数ほどいるフアンの1人がメッセージを送ろうが送るまいがどうでもいいことなのだと。しかし、それでも俺のメッセージは、俺の祈りは俺だけのものであり、少なくとも俺にとってのみは、かけがえのないものに違いないのだ。

メッセージを送らないのはもう一つ理由がある(実に恐ろしいことだ)。送りたい言葉が思いつかないからだ。ミニーマウスに聞きたいことなんかないし、俺はミニーが歌って踊っているところが見られれば満足である。つまり、アーティストとはいえ見知らぬ他人。お互いの腹の内など見せることはない、そんな人間とチャットで話すことなんて、ごくプロフィール的なものか、ごく表層的な内容確認的なものにすぎないからだ。俺は対人交流のスキルが年齢に比して非常に低いため、こうした上滑りするような表層的な会話が苦手である。もちろん、「表層的な」というのはカッコ付きであり、コミュニケーションとは常に表層的であるし、そうした表層のすり合わせによってしかその内奥には到達できないこともわかっているつもりだ。ただ、例えばニューヨークへ行く彼女に対して「なんの仕事❓😄」とか「have a nice trip XD」などと返すような凡庸なものも送りたくない(送っても仕方ない)(仕方ないとは?)。はっきり言って、俺が彼女に対して送りたいメッセージというのは、どれだけ彼女とそのグループが好きで、コロナに罹った期間どれくらい彼女たちに助けられたかが綴られた、""fuckin' huge EMOTION""だけである。でも、それは、いつか、送ろうと思う、、、

 

そんなわけで、こんな資本主義における経済活動のひとつですら、人間が関わるとつまずきが発生する俺であるが、こうした他者への不安や猜疑心、その裏打ちとなる強烈な自己愛、さらにはこれらと反比例するような交流への欲望はほとんど常に抱いて生きている。別にアイドルに限ったことではない。知人、友人、気になる女の子、ラーメン屋の店員、あらゆる他者に、多かれ少なかれこうした感覚を抱いて生きている。最後に少し脱線するが、こうした、「不安を孕んだ他者への欲望」は、記憶をどこまでを遡っても俺を悩ませているものであり、これのおかげで臨むべき人生を歩めていないとう感覚もある。性格といえばそれまでだが、多くの文学や哲学、芸術などは、こうした暗い熱気を呼び起こすものがあるからして、「人間とは・・・」的な問いと共に、仕事以外の時は考えこんだりしている、、、