神との距離

晴れ。もう少し寒くなると良い。こんばんは、天木じゅんです。

 

この土日はtwiceの、日本で初めて行うファンミーティングが行われていた。にわかK-POPファンなのでよくわからないが、歌だけでなく、ゲームをしたりファンと交流をしたりするようなイベントのようだ。それも世界のtwiceとなると代々木体育館でやるのだから凄まじい。

チケットは抽選だったようだが俺は応募もしていない。ライブなら見ようと思うが、ファンミーティングとなると少し躊躇する。ディズニーでもそうなのだけど、ショーを見るのは大好きなのだけど、キャラそのものと交流(グリ)はしない。少し誇大な言い方をすると、アイドルとしてのキャラとか女の子は好きだけど、個人としての彼ら彼女らにはあまり関心がないのかもしれない。ミニーやダヒョンと、個人的に仲良くなりたいという感覚がないし、認知されたいという気分もあまりないかもしれない(たぶん)。他の(対象はなんでもいいが)何かのファンである人たちがどういうモチベーションであるのかはあまり聞いたことがないが、俺にとってアイドル(ここにおいては、キャラでもアーティストでもなんでもいい)とはほとんど神とか精霊の類であり、自分と同じ地平にはそもそもいない存在と認知してきたような気がする。

もう一つには、そもそもアイドルとファンが"個人的な"コミュニケーションが可能だということに対して極めて懐疑的だというのもある。我々ファンはアイドルにとって客であり、飯の食い扶持である。何か不作法をやらかせば少なくとも良いことは起こるまいと気をつかうことになる。またそれとは別に、ファンはアイドルのことをよく知っており強烈な好意を抱いているが、アイドルはそのファンのことを特に知らないし好意も持っていないというモチベーション上の不均衡がある。つまり、ファンとアイドルという構図では、この二者は初めからアンフェアな状態でコミュニケーションがスタートしており、この不均衡を埋めることは、年に1〜2回顔を合わせるだけでは不可能だろうというのが俺の考えだ。特に前者の、二者の間にはカネが介在しているという点はかなり大きい。

人間同士の間にカネが発生すると、あるラインを超えた深さのコミュニケーションは生まれ得ないというのが俺の実感というか、半ば性格みたいなところもあるかもしれない。「カネとはコミュニケーションなのだ」と高校の頃、教師から教わったことがある。現代文の教師らしくいつも話題が本筋から逸れて、自分の考えていることを滔々と述べる人で俺はかなり好きだった(俺のことを生徒としてかなりよく評価してくれていたのもあるが)。「貨幣っていうのは、金の価値とか為替とかなんか色々あるけど、違うんだ、コミュニケーションなんだよ」と言っており、当時はあまり意味がわからなかったものの強く印象に残っていた。歳をとるに連れ、それは本当なのではないかと確信するようになった。カネは人と人を簡単に繋げてしまう。初対面の挨拶、軽い雑談、時として衝突し、酒を飲み交わし、全人的にわかり合う・・・というようなヒューマニスティックな過程を全てショートカットもしくはそれらを上書きしてしまうような強力なコミュニケーションツールなのだと俺は考えており、だから、カネによって繋がる関係が、"個人的な"交流に置き換わることはあまりないだろうと考えているのだ。

アイドルとファンは直接・間接的にカネを介在させた関係にほかならず、だから、ファンがアイドルに応えるためにはひたすらに金を出すよりない。まさに神と信徒、信徒は供物を、神は福音を授ける。

かくいう俺も、ダヒョンちゃんやナヨンオンニ、篠崎愛とか大原優乃と仲良くなる妄想をしたことがないわけではない。そのルートはひとつだけで、飲み屋とか合コンとかそういう[プライベートな場]で、[それとは知らずに]知り合うことよりない。本当は彼女が中学の頃から10数年、グラビア界のトップを走ってきた同じ誕生日のダイナマイトボディだと知ってるのに、「えーグラビアとかやられてるんですかー!😄」とか言って、ただの男女として仲良くなる、しかないのだ。そんな日は来ないわけだが、、、、